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東京地方裁判所 昭和39年(刑わ)4021号 決定

主文

第二回公判期日において採用決定をした被告人の自供調書のうち請求番号1の一四項

同 4の全部

同 5の五項

同 8の二項以下

の部分の採用決定はこれを取消し、当該部分の取調べの請求を却下する。

理由

一、本件において、第二回公判期日で、検察官は、起訴外の情状事実として、被告人には起訴事実と機会を同じくする同種の犯罪行為が多数ある(起訴事実の被害額が二万五千余円であるに対し、起訴外の余罪のそれは四十数万に上るという。)として、その余罪事実を情状として立証しようとし、その部分についての被告人の供述録取書の取調をも請求した。

二、弁護人はその余罪についての被告人の供述部分は不同意である旨の意見を述べたが、自供調書であるから単に不同意の意見では不十分であり、進んで任意性を争う旨の意見がなかつたので、当裁判所はその全部を採用した(ただし、取調は未だ行わなかつた。)。

三、然るところ次の第三回公判期日において、弁護人は右採用決定の一部に対して異議を申し立てた。その理由は、本件のように起訴外の余罪をも情状という名の下に明らかにすれば、実質上、その部分をも含めた全部の事実をもつて被告人を非難・弾劾することになり、従つて求刑・量刑も不当に重くなる。しかも起訴されない余罪については、検察官は後日起訴しないといつても、その保障は何ら存しないのであるから、その余罪の部分についての被告人の供述録取部分を取り調べることは、相当でないというのである。

四、本件において、被告人は、起訴事実についても、その一部を争つている。また検察官の明らかにしようとするいわゆる起訴外の余罪は起訴事実に比べて遙かに多いのである。被告人側から異議があつた場合、この余罪についても取り調べることが果して許されるかというのが問題点である。

五、本件の場合、検察官がいわゆる余罪を起訴しなかつたのは、合理的な疑がないまでにこれを立証することが困難であるとの考慮から出たものであると思料される。なぜならば、いくら検察官が起訴・不起訴の裁量権があるといつても、全然何らの基準なしに起訴の部分と不起訴の部分とを選択したものとは考えられないからである。

いま、かりに、この余罪部分をも含めて全部について起訴があり、その余罪部分については、犯罪の証明が十分でないとの理由で、一部無罪となつた場合を考えると、この無罪となつた部分を量刑上考慮できるであろうか。恐らく許されないであろう。

そうであれば、はじめから起訴を手控えた部分を、情状であるからといつてこれを証拠によつて明らかにすることにより、量刑上考慮できるとすることには、疑問があるといわなければならない。

結局、本件の余罪部分は、起訴された事実と同価値であつて、前科と同様に考えることはできないものと解する。

その意味において、被告人側において異議がある部分は、検察官が情状であるとして明らかにしようとする余罪に関する部分であると認められるから、その部分を除いて採用することとする。

なお、請求番号7の自供調書の四項は、検察官が自ら撤回したので、異議の対象は解消したものである。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤千速)

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